常識と言う言葉があります。
広辞苑では、
普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識でない一般的知識とともに理解力・判断力・思慮分別などを含む。「―のない人」
ある国語辞典では、
健全な社会人なら持っているはずの(ことが要求される)、ごく普通の知識・判断力。
と書かれています。
昨今の時代の急激な変化に伴ってか、モンスタークレーマーなる人々が増殖し始めています。
また、日本人の美徳な面である穏やかな心の部分も、いつもまにか殺伐とし、争いごとをいとわない人も増えています。
こういった人たちは、それぐらい常識でわかるでしょという枠に関係なしに自分の意見を主張します。このような人達とのやりとりは、常識のあるほうの考え方がおかしいのかと思わされることもあると思います。国語辞典にも記載されているような『ごく普通の知識・判断力』が足りない人が、その自覚もないままに平然と意見を言っています。
多数決の原理ではないですが、こういう人達が半数以上を占めれば、こういう人たちの考え方が常識となってしまう可能性も秘めています。
この国民の非常識可は日本の未来にとって非常に危惧されます。
民主党に政権交代しても、国民の代表である政治家があいかわらず平気で非常識なことを言っています。これでは、情け無さすぎです。
常識と言っても同じ日本の中でも時代背景、年代、性別、文化、宗教、出身地、育てられ方等々で異なるのは当然ですが、せめて最低限人間としての思いやりや助け合い、気遣いなどの心の常識はいつまでも変わることなくあって欲しいものです。



