今戦国武将ブームなのだそうです。
そういえば、島田紳助がこれから甲冑ブームになるとTVで言ってました。
武将といえば先日津軽為信 (つがるためのぶ) の記事が出ていました。
青森県の津軽地方を平定した武将ですが、どちらかというとマイナーな存在です。
石高も4万7千石(その後石高は増えたかもしれませんが)という小国です。
まず、豊臣秀吉が小田原攻めを行う際、若干18名の家臣をつれて陸路を使わず海路で日本海
より敦賀まで行き、沼津にいた秀吉に追いつき津軽安堵の朱印状を手にします。
そのころ為信の敵国である隣国の南部家は小田原攻めには間に合わず窮地に追い込まれます。
その後関が原の戦いでは、同じく海路を使い兵2千で家康の東軍につき、戦いに参加しました。
みなさんご存知のとおり家康の東軍が勝ちました。
またも、為信は領地を安堵され津軽家は幕末まで続きます。
為信のすごいところは、時間が読めず移動の難しい陸路を使わず海路を選んだところです。
その後も海運に力をいれ津軽藩は栄えていきます。
当時危険な海は避け、安全な陸路を使いたかったはずです。
しかし本州の最北にあり、どうしても行動がおそくなるハンデを補うためにこのような行動に出た
のでしょう。
この為信の英断と実行力は我々に大変参考になるのではないでしょうか。



